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昨日、あれからスワンとバラというスワンの弟分と一緒に近くの寺であったお祭りに行ってから帰宅した。

朝、2日泊まっとったゲストハウスをチェックアウトし、タケオへ。
丁度、誰かがチェックアウトした後で、部屋が空いとった。
ドミトリーで一日2US$。

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日本に帰国するのは3月4日。
まだまだカンボジアでのんびりしたいけど、時間がない。
じゃけぇ明日の朝のカオサン行きのバスを予約。

そして、タケオで朝ごはんを食べる。
すると、「アキラーー!!」と声が。
見ると、タケオの前の道路にスワンとバラが!!
そういえば、昨日ゲストハウスをタケオに移るって言っといた。

「今からPCを直しに行くんだ!またね」と言って、またどこかへ行った。

わざわざ顔を出しにきてくれたことがうれしかった。

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今日はシェムリアップの町をチャリンコでのんびりブラブラすることに決定。

タケオでチャリを借りていざ出発。

まずはアキラ地雷博物館へ。
シェムリアップ川沿いの道をアンコールワットの方向に走る。
すごいのどかな風景で最高。
あぁチャリンコいいな~。
道端で出会う人々はみんなフレンドリー。

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そして、博物館に到着。

幼少期から兵隊として働かざるえず、ポルポト軍、政府軍、べトナム軍と三つの軍隊に属したことがあるというア・キーラ氏。
政情が落ち着いてから、ひとりで地雷を回収することを始め、今でに数万個除去してきたという。
(詳しいことは日本でも本が出とるけぇそっちを見てみてください。俺も持っとるけぇ、貸しますよ!)

そんなア・キーラ氏の経験や除去した地雷が展示してある博物館です。
名前が同じということもあり、カンボジアに来たら是非訪れたかった場所じゃった。

キリングフィールドにしても、ここに来てもそうじゃけど、何も知らない自分に腹が立つ。

ポルポト派は聞いたことあるけど、何で何のために虐殺したんか?
ここで知り合う素敵な笑顔を見れば見るほど、不思議に思えてしょうがない。

帰国後、ちゃんと勉強しよう。
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博物館を後にし、何も考えず、道をブラブラ進む。
すると、前方にアンコール動物園なるものを発見!!

動物園に行こうとすると、チャリンコに乗った小学生らしき男の子とすれ違った。

「ハロー」とフレンドリーに声をかけてきたけぇ、「ハロー」と言いすれ違った。

そして、ちょっと行ったところで振り返ったら、男の子も振り返って笑っていた。

お前も行くか?という感じで動物園を指さすと、笑顔でうなずきこっちにやって来て一緒に行くことになった。
まぁ動物園といっても、そんな大きいものではなく、園内には誰もおらんかった。
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彼の名前はソン。小学5年生らしい。
ソンは何度もここに来ているみたいでひとつひとつ案内してくれた。
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なぜか一匹のサルがオリから出てしまったらしく、逆にオリに戻ろうと必死じゃったw
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動物園を出ると、ソンが家が近いから来ないか?
と行ってきた。

何も疑わずといったらウソになるけど、ソンの純粋な目と笑顔を見ると悪いヤツには見えんかったけぇついて行った。

動物園からすぐ近くのお家。
ワラと木で作られた質素なお家。
お父さんとお母さんはプノンペンで働いているからいないそう。
弟とふたりでここで暮らしている。
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小さな家を見学しているとソンの弟のロイと友達がやってきて、秘密の遊び場へ行こうぜ、と誘ってくれた。

まず家から歩いてすぐの金網を超える。
地雷が埋まっとらんか、とちょっぴり不安になったけど、そのまま彼らについていく。

彼らの秘密の遊び場まではこのスタイルで小走り。
半ケツだして、腰を振る。
もちろん俺もw
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最初につれて行ってくれたところは、ここ。
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それから、彼らの仲間がみんなで遊んでいた川へ。
高いガケを登ったところの木にロープをくくりつけ・・

ワン
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トゥー
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スリー
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みんな次々に飛び込んでいく。
そんな様子を対岸から眺めながら、カンボジアの子ども達はたくましいなぁ!と感心していたら、

みんなが、アキラもおいでよ!と声をかけてくる。

そんな、こんな川でまさか・・
と思いつつも、こうなったら行っちまえ!
と俺もスッポンポン・・にはさすがになれず、トランクス一丁で川に飛び込んだ。

意外や意外。
足がつかない!
透明度がゼロなだけにちょっと怖い。

そして、対岸に行き彼らが待つガゲの上へ。

みんなの、
「ワン、トゥー、スリー!!」
の掛け声で飛び込んだ。

ドッボーーーンッ!!

勢いでかなり沈んだけぇ、足がつかない!
ちょっとあわてて少し水を飲んでしまって、ゲホゲホ。

みんな笑ってましたw
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それから、ソンとロイの家へ戻って昼ごはん。
お父さんもお母さんも出稼ぎに行っとるけぇ全部ふたりでやっとる。
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そして、ちょっと休憩した後、ふたりは今から学校に戻るという。
他の友達は学校には通ってないみたい。

友達にまたねと言い、さんにんで学校へ向かった。
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学校ではサッカーしたり、勝手に授業に出たり、のほほんと過ごした。
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そして、ソンとロイとお別れをした。

シェムリアップに着いて早速ダマされかけて、カンボジアに大して不信感を抱いてしまったけど、そんなん吹き飛んどった。

俺はカンボジアが大好きです。
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こないだのBLOGで書いた通り、カンボジアの旅にはひとつミッションが課せられていました。

まずはコチラ(http://momokdu2.blog40.fc2.com/blog-entry-85.html)を先に読んでください。

ミッション:別府で真上真下関係だったももちゃんと真左真右関係じゃったひろすけがカンボジアでお世話になったというスワンくんを探してメアドを聞いてくること。
ヒントこの写真と、キリングフィールドに住んでいるということ。

アンコールワットを後にし、ミッション開始!!

バイタクの兄ちゃんにキリングフィールドまで連れていってくれるように頼んだ。

15分ぐらいで到着。

ここはカンボジア内戦中にポルポト派によって大量虐殺が行われた場所。
敷地内の中心にはガラス張りの小さな塔があり、その中には大量の骸骨が収められていた。

ここのキリングフィールドは敷地が塀で仕切られており、意外とすぐ見つかるんじゃないかな、と思った。

そこで、キリングフィールドの子ども達にスワンを知らない?と聞くと、知らないと答えられる。

そこで、ももちゃんのBLOGに載っとった写真を見せると、
「あぁ!これはチュンだ!知っているよ!」とすぐさま答えてくれた!!
仲間の間ではチュンと呼ばれているらしい。

こんなに簡単に見つかっていいのか!
と思いつつも、今どこにいるのか尋ねた。
すると、スワンは今学校に行っていていないと言う。
いつ帰ってくるのかはわからないそう。

バイタクの兄ちゃんをずっと待たせておくのも悪いし、今日はあきらめて宿に戻ることにした。

スワンに後一歩で会えそうだったのになぁ。
悔しかったけど、スワンの知り合いには会えたしうれしかった。

そして、宿に戻り、シャワーを浴びたり晩御飯を食べたりのんびり過ごした。

でも、心の中では何かモヤモヤしているもんがあった。
日程の都合上、カンボジアに長居はできない。
明日スワンを探して、もし会えなかったらどうしよう。

・・思い立ったら即行動じゃ!
もう一度キリングフィールドに行こうと決めた。

そして、トゥクトゥク(バイクの馬車みたいなやつ)の兄ちゃんを見つけて、キリングフィールドまで行ってもらうことに。
「19時過ぎとるからもう一般公開時間は終わっとるよ」って言われたけど、何とか入れるじゃろう。

そして、トゥクトゥクでキリングフィールドに向かった。
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キリングフィールドは誰もおらんかったけど、入り口が開いとったけぇ入れた。
昼間とは違って誰もいない。

敷地内の建物から若者が顔を出したけぇ、スワンはいますか?と聞いたけど、英語が通じないみたい。
そこで英語が通じるバイタクの兄ちゃんに通訳してもらった。
すると、スワンが住んでいるところを教えてくれた。

教えられたところに行くと、そこには何人か男の子がおったけど、写真のスワンとは違う。
するとそこの英語達者な男の子が、「チュンは今ご飯を食べに行っている。連れていったげるよ。」と。

とうとうスワンに会えると思うと、胸がドキドキしていた。

そして、彼に連れられ、キリングフィールド近くの古びた屋台に行くと、数人の男の子がご飯を食べていた。

必死になったスワンを目で探した。
すると・・・

おおおおおおおおおおおおおおお!!!
スワン!!!
発見!!!

そこには紛れもなく写真で見たスワンが!!!!!!!

もちろんスワンは俺のことは何も知らんけぇ、ちょっと困惑気味じゃったけど、こうこうこうゆう理由でうんぬんかんぬん・・と伝えると、事情をわかってくれたみたいで喜んでくれた。

そして、ミッションであるももちゃんのメアドを教え、スワンのメアドも聞いた。

その後はスワンとバイタクの兄ちゃんも混じり一緒にご飯を食べた。
みんなフレンドリーで楽しい時間を過ごせた。

とにかくスワンに会えてよかった。

ということで、ミッションクリア!!

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朝6時半に起床。
今日はいよいよアンコールワットに行きます。

ゲストハウスに住み込みのバイタクの兄ちゃんを一日チャーターし、連れて行ってもらうことに。

一日チャーターして15$。
ほんまは6$ぐらいらしい。相場を知らんかったけぇ言い値で決めてしまった。これは自分が悪いけぇ仕方がない。
でも、運良く彼が地球の歩き方を持っとって、借りれた。

気を取り直して出発!!

ゲストハウスからアンコールまではバイクで約20分。

ここで発覚したんじゃけど、アンコール遺跡はめちゃくちゃ広い!!
あの有名なアンコールワットで知られているデカイ遺跡だけではなく、周辺に遺跡が点在している。

あとツアー観光客がめちゃくちゃ多い!!
なぜか韓国からのツアーバスがたくさん。
主要な遺跡は人だらけ。

そこで、アンコールワットは最後にまわることにして、周辺の遺跡から見ることにした。

アンコール・トム(バイロン)
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一個一個の遺跡が大きく広い。
気温が高いこともあり、疲労も溜まってくる。

そこで、タ・ケウと呼ばれる遺跡の上にのぼって一休み。
ここも主要な遺跡のひとつじゃけど、人は誰もいない。
ツアー客はほんまに主要な遺跡だけまわって帰るんじゃろうな。

たまーにここの遺跡にものぼってくる人に軽く挨拶しながら、風にあたり涼んどった。

すると、日本人のバックパッカー風の男の人が上ってきた話をした。
なかなか感じのいい人で、名前はゆうきくん。
彼はチャリンコでアンコール遺跡を見てまわっとるとか。
年齢は俺よりひとつ上で新卒で銀行マンになったけど、半年で辞めて春からは公務員になるそう。

しばらく話してから、さいならした。
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次に向かったのはタ・プローム。
この遺跡はラピュタ(ジブリ)と関係が深いらしい。

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ちなみにここでまた休憩中にゆうきくんと再開!
一緒に昼ごはんを食べて、またさいならしましたw

それから、幾つか遺跡をまわって、とうとうアンコールワットへ。

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「す、すげぇ」

鳥肌が立った。
今日何回この言葉を言ったかわからんけど、それ以外に言葉は見つからんかった。

朝から遺跡を見すぎて遺跡なんか・・って思いだしとったけど、ここは違った。
遺跡の中に入ってからも、「すげぇすげぇ」ばかり言ってました。

ちなみにここでもゆうき君と再会!
ふたりでアンコールワット内をまわった。

ゆうき君はタケオに泊まっとるらしく、またタケオに行きますと伝え、今日3度目のさいならをしたw

そして、アンコールワットを後にした。

無事、タイの国境を超えカンボジアに入国。

ここからは違うバス(というかミニバス)に乗り換える。
タイのバスとは天と地の違い。
ボディには「レストラン羅武」とある。
どうやら日本の廃車がここにきているみたい。
フロントガラスは割れとるし、先行きがちょっぴり不安。

しかも、この小さなバスに20名押し込まれる。
なぜかレストランの両替男も乗り込んでくる。
(怪しい・・)

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シェムリアップまで約6時間。
(後で聞くとほんまは3時間で到着可能らしい。そこらへんのカオサン発ボッタクリツアーの事情についてはまたそのうち書きます。)

相当な悪路だとは聞いていたけれど、まさにその通り。
道はコンクリートではなく土でデコボコ。
上下左右に揺れる揺れる。
さびれた遊園地のアトラクションみたいw
個人的にはこの揺れが心地よかった。

車から覗くカンボジアの風景は、俺が東南アジアに来る前に頭の中で思い描いとったアジアでした。
勝手にテレビや写真とかから影響を受けて頭の中に思い描いとったアジア像。

コンクリートではなく、土のデコボコ道。
木とプレハブで作られている古い小屋。
土煙を上げながら走る車。
ありえないぐらい人を乗せているミニトラック。
スッポンポンで歩く小さい男の子。
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こんな風景を眺めていたら時間はすぐ過ぎて、最初の休憩スポットへ。
見渡すかぎり、草原(畑?)と一本道しかないところにポツンとあるレストラン。

俺はお腹が減ってなかったし、近くを散歩した。

すると、三人組の小さな子どもを発見。
あっちも気づいてこっちによってきました。

三人ともめっちゃ笑顔。
すごい素朴で無邪気。

写真を撮るよー、と言うと、なぜかみんな決まってこのポーズw
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ふたりの女の子は目元に化粧をしていました。
辺り一面草原(畑)しかないこの町。
何かほほえましかった。
世界共通で女の子はキレイになりたいもんなんじゃね。
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三人とバイバイして、また悪路をひたすら進む。
透明度ゼロの泥川や泥池(沼)で泳いでる子どもや漁師がいた。
カンボジアの人たちはたくましいなぁ、と思った。

その透明度ゼロの川で自分が泳ぐことになるとは、このとき知る由もなかった・・・。
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辺りが暗くなってきたところで最後の休憩スポットへ。
小さな町の商店。

ここで驚いたことがひとつ。
小学生ぐらいの売り子の女の子が日本語上手だということ。
だいたい観光地に行けばカタコトの日本語を話せる人はたくさんおるけど、ここの子ども達は文法もしかっりしとって、ちゃんとした文章を話せる。
しかも、英語も上手。

日本人は英会話教室とか通ったり、英語を話すために高いお金をかけるけど、一向に話せるようにならない。
それは、何で英語を勉強するのかといった目的や、英語を話す必要性があんまりないのと、ほんまに英語を習得したい!という気持ちがやっぱ足りないんじゃろう。

彼女たちは生きるため、生活をするために英語、日本語を話すことが必要だった。

あぁ、大事なのは環境じゃない、気持ちなんだ。と彼女たちから教わった。
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はたまたボロバス羅武ちゃん号はひた走る。

何度かのエンスト(疑惑)で足止めはくらったけど、ようやくシェムリアップの町に到着。

時間は夜の22時。
結局、7、8時間かかった。

バスが到着したのはゲストハウスの前。
あの怪しい両替男がホテルを決めてない人はここに泊まれと言っている。
安いし、俺の友達だから安全だ、と。
何組かの欧米バックパッカーは入っていった。

俺はタケオに泊まるつもりだ、と言うと、タケオはデンジャラスだからやめとけ、と言う。

デンジャラスというやつが一番デンジャラスだ。

ということで、両替男の誘いを断り、タケオを探す。
といっても、もうあたりは真っ暗じゃし、この町の地理もわからないし、地球の歩き方も持ってない。

そうこうしとったら、バイタクの兄ちゃんが話しかけてきた。
タケオを知っとるか?と聞くと、知っているそう。
ここからは少し遠いらしいけぇ、彼に連れていってもらうことにした。

移動中、彼は妙なことを言ってきた。
「タケオは3つあるんだ。昔のはボロいから、新しいタケオに連れていってやるよ。」と。

あ、あやしい。
すぐさま「いや、日本人宿のタケオに連れて行け!」と言うと「そこはもうなくなった。新しく改築したんだ。」と言う。

そして、彼の言う新しいタケオに連れて行かれた。

細い路地で人通りがほとんどない見るからに治安の悪そうな立地。

そこのゲストハウスの看板を見ると・・・
「ゴールデン・タケオ」とある。

中を見せてもらったけど、宿泊客の気配もしない。
日本人宿にも関わらず、日本語表記もない。
日本の本がたくさんあるって聞いとったけど、一冊もない。

こんな宿をももちゃんがすすめるわけがないな、と思った。

移動の疲れもあり、少し腹が立ってきたのもあり、

「本当のタケオに連れて行け」

と、ちょっとキツク言うと、ようやくバイタクの兄ちゃんがバレタかというような落胆の表情を浮かべ、本当のタケオに連れて行ってくれた。

そのバイタクの兄ちゃんは謝りもせず、「明日俺がアンコールを案内してやるぜ」と言った。
「ふざけんな!」とだけ言って、タケオに向かった。

要約タケオに辿りついたものの、まさかの満室。
しょうがなく、タケオのオーナーに他のオススメの宿はないかと聞いて教えてくれた近くの宿へ泊まることにした。

ちなみにゴールデン・タケオはタケオとは全く関係ないらしい。
タケオが日本人に人気があるのに目をつけ、誰かがマネして作ったらしい。

こんなにあからさまにダマされたのは始めてじゃった。
怒りというよりもむしろ悲しかった。

ベットで転がりながら、寝る前に考えた。

彼だけに問題があるわけではないんだろうなぁって。

もちろんダマすという行為はよくないけど、彼らにも生活がある。
カンボジアの警察官の給料が月に30ドル。それぐらい給与水準は低い。
いくら物価が安いとはいえ、30ドルでは満足な生活はできない。

町には日本製の電化製品やバイクが走っている。
そして、それらは日本とほぼ同じ値段で売られている。

それを持っているか、持っていないか。買えるか、買えないか、で貧富の差が生まれる。

日本人をダマすことでお金を得るバイタクの兄ちゃんを生み出してしまった責任は、我々日本にもあるんじゃないかなぁ。

そんなことを考えているうちに寝てしまった。

明日は気を取り直して、アンコールワットに行きます!!

朝7時に起床。
少し寝坊が心配じゃったけぇ安心。

荷物をまとめてチェックアウト。

待ち合わせ場所である旅行代理店の前に行く。
7時半ちょい前に着くも誰もいない。
昨日、代理店の人が「明日は20数人行く予定だ」って言っとっただけに心配になってきた。

しばらく待っていると、男の人がカンボジアか?と声を掛けてきた。

そうだと答えると、ついてこいと言う。
よく見れば彼の後ろには20数人のバックパッカーが。

こうゆう風にカオサンに数ある代理店をひとつひとつまわって集めて行くわけかと納得。

そして、カオサン通りのはずれに停車してあるバスに乗り込む。
大きなバスで日本でも一等とよべれるようなほど快適。

そこから国境の町アランヤプラテートを目指す。
約6時間の旅。

バンコク市街を出たら一本道をひた走る。

そして、アランヤプラテートの手前のレストランで休憩。
事前にVISAを申請しとらんかった人はここで申請しろ、とバスの添乗員に言われる。

取っとらんかったけぇ、申請する。
いくらか?と聞くと、1200(1バーツ3円)バーツだそう。
確かイミグレなら20US$だったはず。

これは高すぎると思い、抗議するもこれが普通だと言われる。
他の欧米人バックパッカーも抗議したが、みんなしょうがなく払いだしたので諦めて払った。

ここで昼食を食べた。
またまたFried Rice&パイナップルシェイク。

食べていると、日本人の学生らしき二人組に、
「アーユージャパニーズ?」と聞かれ、「イエス!」と答えてしまった。
「はい!」と答えるべきだったと少し後悔w

彼らと一緒に食事していると、ある男が話しかけてきた。
要は、ここでタイバーツをカンボジアのリエルに両替したほうがいいとのこと。
ひたすらUS$はデンジャラスだと言ってくる。
でも、事前に調べたところによると、カンボジアではUS$が広く流通しているはず。
しかも、こんなレストランで両替することのほうがあやしすぎる。
ということで、かなりしつこかったけど断った。
(後でゲストハウスで会ったここで両替してしまった日本人によるとレートはかなり悪かったらしい。)

そして、ご飯を食べ終わったところでVISA発行。
まぁ高かったけど、無事VISA取れたしよしとしよう。

アランヤプラテートはすごい慌ただしい町じゃった。
タイ側にも関わらず、カンボジア人の子どもの物乞いが多く治安も悪そう。
タイで少しのほほんとしてきた気持ちが引き締まった。

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タイを出国し、歩いてカンボジア側のポイペトに渡る。

何だかワクワクしてきた。
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10時過ぎに起床。
インドネシアを離れてから、ずっと移動続きじゃったし、今日もバンコクでのんびりすることに決定。

まずは明日からの予定を立てねば。
カンボジアかラオスか。

一瞬、考えて決めた。
カンボジアにしよう。
特に理由はないんじゃけど、心の声はカンボジア、でした。

早速、カオサン通りにある旅行代理店に行き、翌日のバスチケットを購入。
550バーツ(1バーツ3円)。

カオサンからタイ側の国境アランヤプラテートまでのバス代とカンボジア国境のポイペトからアンコールの町シェムリアップまでのバス代が込み。

明日の朝7時半にこの代理店に集合、とのこと。

カンボジアに行くことにしたのはいいものの、カンボジアの歩き方は持っとらんかったしネットで情報収集。

そこでタイミングよくももちゃんがサインイン!!
ももちゃんは夏にカンボジアに行ったっていう話を聞いとったし、色々聞こうと話しかけた。

まずは宿の情報。
タケオという日本人宿がオススメとのこと。
メモメモ。
他にも色々なアドバイスをもらった。

そして、最後にひとつ頼みごとをされた。

ももちゃんがカンボジアに行ったときにスワンという男の子にあったらしい。

ももちゃんとスワンの話はコチラをさんしょうしてください。

まぁ、そんな風にお世話になったスワンのメールアドレスを聞いてきて欲しいとのこと。

自由気まま過ぎた旅にミッションが課されたみたいでちょっとうれしいw何とかスワンを見つけ出してやるぞ!

そんなこんなで明日からカンボジアに行ってきます!!

卒業しました。

卒業式や式後の飲み会でも、全く実感なかった。

でも、今日別府を離れるときにようやく実感が湧いてきた。

ゑびす屋二番館からJoyfulを左に眺めながら、旧十号線にでる。
弁天前のバス亭を通過し、亀川ローソン、そしてB-Stageの前を通る。
亀川駅、サンピコ(旧たくお亭)。
十号線手前の信号待ち。

APUでの四年間が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

家からたった数百メートルの間にこんなにたくさんの思い出が詰まっとったとは。

初めて別府におりたったのが、亀川駅。
「うわっ!」
あまりの田舎ぶりに驚いて、思わずでた一言。

あれから四年後。
こんなにこの町を好きになるなんて想像できんかった。

ってか、ほんまに四年も経ったんかな。
四年ってこんなに短いもんだったけ。

こんな風に思わせてくれたのも、ほんまに素敵な素敵な仲間たちに囲まれとったけぇじゃと思う。

日本・世界各地から、別府に集ってきた仲間たち。
また日本・世界各地に羽ばたいていく。

ほんまにありがとう。
そして、これからもよろしく。

ガタンゴトンガタンゴトン・・。

心地よい電車の音で目覚める。

窓から外を見ると、出てきたばかりの太陽が田んぼに反射してキレイじゃった。

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そんな景色を眺めつつ、列車はバンコクを目指して進む。

途中、停車する駅では、我先に!と売り子のおばちゃんが車内に入ってくる。
そして、電車が発車すると降りていく。

こんな慌ただしさが、アジアにいるんだな、ということをを強く感じさせてくれた。

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そして、バンコクに到着。
昨日仲良くなったミーちゃん親子に別れを告げ、列車を降りる。
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計画性ゼロのため、特にバンコクでの予定も立てとらんかった。

とりあえず、バックパッカーの聖地と呼ばれているカオサン通りを目指す。

駅の前でタクシーをひろい、カオサン通りに行くよう告げる。

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30分ほどで到着。

道沿いにはゲストハウスが立ち並び、たくさんの人で溢れている。
しかも、そのほとんどが欧米人や日本人のバックパッカー。
確かにバックパッカーの聖地と言われるのも頷ける。

こんな通りは見たことない。

とりあえず、今日の宿を探す。

カオサン通り沿いはやかましそうじゃったけぇ、ちょっと先にいった静かなとこで宿をとろうと聞いてまわるもどこも満員・・。

しょうがなくカオサン通りに戻り、KawinPlaceという宿へ。
ここはシングルが空いとって、まぁまぁキレイじゃったしここに決定。

一日250バーツ(1バーツ3円ぐらい)。

鍵のデポジットとして、100バーツ(チェックアウト時返金)取られ、全部で350バーツ。

でかい札をくずしたかったし、1000バーツ札で支払う。

そして、お釣りをもらう。
お金を財布に入れようとしたところで、その手をとめる。

そうだそうだ、ここは日本じゃなかった。
お釣りを確認せねば。

そうそう。150バーツね。・・ってコラ!!

・・何と500バーツ足りない!!

フロントの無愛想なおばちゃんに500バーツ足りないと抗議すると、何と逆ギレ!!

怒った顔でそんなはずはない、と言う。

ふざけるな!!返せ!!
と、少し強気で言うと、ようやく、あぁ私の勘違いだったわとあやしい笑みを浮かべて返してくれた。

ちょっと気分が悪かったけど、旅の気持ちが再度引き締まったし、まぁよしとしよう。

少し休憩してから、カオサン通りのレストランで食事。
Fried Riceとパイナップルシェイク。

インドネシアからほぼ毎日ナシゴレンもしくはFriedRiceを食べている。
現地の料理を食べんでもったいない・・と言われるけど、これが健康に旅をするための秘訣。
それに、おいしいしw

そんなこんなで今日はバンコクでゆっくりして、明日これからの予定を決めることに。

残り10日間。

タイを北上してラオスを目指すか、それともカンボジアに行くか。

明日の気分で決めます。

結局、某A不動産二日目も決まらず、某A不動産三日目に突入。

今日は総武線亀戸周辺に限定。
総武線は便利で、そこまで高くないということが発覚。

あと条件もちょっと変更。

■家賃8万円以内(7万円以内じゃといい物件少なかった)。
■7畳以上。
■バス・トイレ別は諦める。
■駅徒歩10分以内。
■二階以上。
■ベランダ付き(出来れば日当たり良好)。
■即入居可。

最後の条件がネックであまり選択肢はなかったけど(※今の時期じゃと四月以降入居可の物件が多い)、条件に適った二つの物件を紹介してもらった。

ひとつは亀戸。
もうひとつは両国。

ふたつとも見た上で、両国の物件に決めました。
ということで、四月からの住居は東京都墨田区の両国というところです。

実はこの両国という町に来たのは初めてじゃない。
一年前のちょうど今頃、この町に来とった。

詳しくは前のBLOGで。

まぁとにかく、四月からはここからバリバリ働きマンやりますんで、大相撲見に両国に来ることがあれば一声かけてくださいw

昨日の不動産の印象が悪かったし、他の沿線で探すことに
次の候補地は都営三田線の板橋周辺。

ここなら山手線巣鴨駅まですぐでれるし、まぁ便利も良い。

今日は御茶ノ水駅前の某A不動産へ。
あまり目立たないビルの7階にあり、あやしそうじゃな、とちょっと心配になったけど、実際行ってみたら、たくさんお客さんがおって賑わっとった。

ここの営業マンは対応もすごくよく好印象じゃった。
ここでは都営三田線沿いの物件を2軒見せてもらうことに。

一軒目は、なかなか物件はいいんじゃけど、周りに何もない・・。
ということで、却下。

二軒目は、新築のデザイナーズマンション。
見取り図ではいいかなって思ったけど、実際に見てみたら、何がデザイナーズなんかちょっと不明なぐらいセンスの悪いマンションw

まぁここの営業マン(新人)がよかったのは、全然買わせようとしてこないということ。

それに、現地を確認中に上の人が「どうですか?」と、必ず電話してくる。

そこで、あまり気に入らないないという旨を伝えると、「わかりました。それでは、また探してみますね!」と、とても感じがいい。

結局、この日は決めず明日またここに来ることにした。

今、東京だす。
3月9日の夜に到着しました。

目的は家探し。

ほんまは2月中に決めてほしいって会社に言われとったんじゃけど、旅中だったけぇこんなに遅くなってしまった。

ちなみに勤務地は「関東圏」ということしかまだわかっていない。
詳細な勤務地が発表される前に、部屋を決めないといけないらしい。

じゃけぇとりあえず、本社(新橋)・埼玉・千葉・横浜どこにでも通いやすそうなとこに決めることにした。
(※栃木・茨城になったらスト決行)

それで10、11、12、13日と不動産と格闘しとった。

最初に検討したのが東急東横線の武蔵小杉・日吉。
ここは神奈川県じゃけど、目黒まで乗り換えれば本社もすぐじゃし、渋谷までも20分じゃし、横浜までも近い。
そして、家賃もそこまで高くはない。

そして、住宅情報誌で気になった物件を管理する不動産会社にアポを取った。

武蔵小杉駅前の某M不動産。

中に入ると若い営業マンが3人。

条件(※)を言うと、数軒分の間取り図を見せてくれた。
そして、その中から3軒を実際に見せてもらった。

(※条件)
■7万円以内
■風呂トイレ別
■駅徒歩10分以内
■1k

一軒目は、二階建てのアパートの一階。
築はそんな古くなさそうじゃけど、部屋が狭い(6畳ないぐらい)。
イマイチ。

二軒目も、二階建てのアパートの一階。
最初の物件とほぼ同じで却下。

最後のは、3階建てのマンションの3階。
角部屋でさっきのに比べれば広い(といっても、6.5畳ほど)。
でも、ここは階段にゴミがけっこう落ちとったけぇ印象悪し。
雰囲気もあまりよくない。

ここで、営業マンが荒業にでた。

「ここの物件どうですか?
いくらならいいんですか?
敷金礼金2ヶ月ずつなんですけど、一ヶ月ずつにしますよ。
それか、ここ月々6万9千円なんで、6万7千円。
このどっちかだとどっちがいいですか?」

別にここの物件が気にいっとったわけじゃないけど、どれぐらい下がるもんなんかな、と興味本位で

「じゃあ敷金礼金一ヶ月ずつで、かつ6万5千円にしてください。」
と言うと、

「うーん。・・わかりました。それなら即決ですね?では、交渉してきます。」

「・・え?即決?いや・・」

「じゃあ今から大家さんと交渉してきます。頑張ります。まぁすぐ戻ってきますんで。じゃ。」

と言って、どこかに消えた。

そして約15分後、戻ってきて、

やってやったぞ、と言う顔で、
「やりましたよ!okです。あぁ、ほんとキツかったっすよ。」
と、営業マン。

「いや、でも、もう少し見てから決めてもいいですか?」
と言うと、

「えええ。困りますよ。お客さんが即決でって言ったから値段交渉してきたのに。もし、これダメになっちゃったら、こっちも大家さんとの信頼関係が崩れちゃうんで・・。」

と、言われてもその物件は気にいらないんですよ・・。

そういうわけで、強気でお断りしました。

すると、帰りの車で上司に携帯から電話。
「もしもし、あのですね、○△マンションなんすけど、お客さんが即決で決めるっていうから、値段交渉して下げてもらったんすよ。でも、OKでた後で突然お客さんがやっぱりやめたって言うもんですからね・・・・うんぬんかんぬん・・」

そりゃあまぁ営業マンの勢いに負けて、即決で!という質問にちゃんと答えんかった自分も悪い。
でも、営業マンもそんな大事なことなら俺にきちんと確認を取るべきだったじゃろ、と思った。
しかも、わざわざ客の前でそんな電話せんでもいいじゃろ、と。

それで、不動産に到着してからもう中には入らず、お礼を言い、また連絡するといって脱出。
もちろんここには二度と連絡しません。

ここの不動産の営業マンは終始契約を結ばせてやろう結ばせてやろうというのが見え見えで、一番大事な顧客がどう考えているのか、という視点が欠けとったと思う。

俺も四月から営業マンになるわけじゃけど、会社本位・自分本位にならないように気をつけよう。

今日はマレーシアを離れタイへ。

コタバルから国境の町ランタウ・パンジャンまでバスで1時間。
バスをおり、マレーシア側の出国ゲートで出国スタンプを押してもらう。

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タイとマレーシアの国境は川で隔てられている。
その川にかかっている橋を歩いて渡り、タイの入国審査へ。

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本来ならビザがいるらしい。
でも、日本人はなくても入国できるって聞いとって、その話通りすんなり入国できた。

タイ側はスンガイ・コロクという町。
今日はここから一気にバンコクまで移動する予定。

ほんまはタイ南部のタオ島とかピピ島に行くつもりだったんじゃけど、海はもうプルフンティアンで満喫できたし、残された時間もそんなにないけぇ行かないことに。
・・やっぱり海ひとりは・・・ブツブツ・・。

ということで、バンコク行きの夜行列車チケットを買いにスンガイ・コロクの駅へ。
駅までは約1km。
バイタクの兄ちゃんがいっぱい声をかけてきたけど、歩いていった。

駅に着いて、チケットを購入。
2等の寝台。

そして、発車まで時間があったけぇ、駅にでかいバックパックだけ預けて市内を散策。

スンガイ・コロクは市場があったり、古着屋さんがあったりとまぁまぁにぎわっとった。

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(なぜか熊本の水俣高校のジャージが・・)

そして、列車の時間が迫り、駅へ。
定刻通り、出発。

タイの列車もとても快適。
夜までは普通の座席。
この座席を、乗務員さんが寝台に変えてくれる。

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この列車でもお友達が出来ました。
ひとつ前の席じゃったタイ人親子です。

ミーちゃんとはずっと遊んでました。
とても人なつっこく、俺の席にやってきてはお母さんのところへ逃げていきますw

お母さんもいい人で車内食の晩御飯をごちそうしてくれました。
ふたりはチェンマイというタイ北部の町までの帰り道らしい。
それで、あなたもチャンマイまで行きましょうって誘われたけど、それはことわりました。

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まぁこんな風にミーちゃんと遊びつつ、いざバンコクへ。
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昨日の晩は蚊との戦い。
急遽、蚊取り線香を買ってきて対策。
そして、生まれて初めてカヤをつけて寝た。

23時以降は電気がないけぇ、何も見えない。
目が慣れてきたら、何か見えるだろう・・何て思ったものの、何も見えんかった。

そんで、夜中に謎の物音がしたり。

あまり熟睡はできんかったけど、何とか寝れた。

朝は波の音で目が覚めた。
もう今日の昼の船で帰ります。

昨日も書いたけど、海でひとりはさみしすぎでした。

帰りの船はファーストボート。
行きのスローボートよりも小さく、早い。

全員救命胴着着用。

そして、出発。
最初はよかったものの、どんどん波は強くなってきた。
上下左右から大きな波が襲いかかってくる。

その波をハイスピードで突っ切る。
波にぶつかるために、水が体にかかり、びしょびしょ。

今度は自分が海に落ちることよりも、船が波に飲まれないか心配でした。

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何とか、無事、港町クアラ・ブスに到着。
そこからタクシーでコタバルの宿に戻った。

今日もコタバル市内散歩。
特に何かあるわけじゃないんじゃけど、とても過ごしやすい町。
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市場行ったり、スーパー行ったり、地元の学校に勝手に入ったりしつつ、ネットカフェで休憩。

MSNをオンラインにすると、プティもオンラインじゃったけぇ話しかけました。

そこで、プティと話すうちに衝撃的事実が発覚!!!!!

プティの生まれ故郷はここコタバルらしい!!!!!!!!!!!

プティはインドネシア人じゃけど、生まれはマレーシアってことは聞いたことがあった。
でも、クアランプールとかの都心部じゃろうなって勝手に思っとった。

まさかここコタバルだとは!!!
コタバルで生まれ、13歳まで過ごしたそう。
今の陽気なプティを育んだのがここコタバル。
すごいわかる気がしました。

そして、コタバルにはプティのお父さんが経営しとる病院があるそう。
しかも、プティはその病院で生まれたとか。

早速、その病院を探すことにしましたw
プティのルーツを追え!!

通りの名前だけをプティに聞いて、ネットカフェの店員さんに簡単な地図を書いてもらった。

いざ、KLINIK PANCHOへ!!

地図通り進んみながら、気づいたこと。
この地図・・・、わかりにくい・・。

しょうがなく、地図はあきらめ、道行く人に聞いてみました。
数人に聞いたけど、みんなわからないそう。

それもそのはず、俺は市内ばっか歩いとったけぇ気づかんかったけど、コタバルの町は予想以上に広かった。

ようやく何人目かに聞いたおばちゃんがその通りを知っとるみたいで、教えてくれた。

しかし、教えてもらった道を行けども行けども、その通りは見えてこない。

あぁあのおばちゃんほんまは知らんかったんかいな、とか思いよったら、またそのおばちゃんと遭遇!!

どうやら俺が勘違いしとったみたい。
正しい道をまた教えてもらって進む。
探し始めてかれこれ1時間以上経過。

おばちゃんの教えてくれたであろうところへ着いて、そこでまた人に聞く。今度は銀行の警備のおっちゃん。

おっちゃんは全く英語が通じず、あっち行けあっち行けかのように外を指差す。
あぁ、もう戻ろうかな・・とか思い始めつつも、その指差されたところを見ると・・・

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何とそこにはKLINIK PANCHOが!!

おおおおお!!発見!!!

おっちゃんにお礼を言い、KULINK PANCHOへ。

もう診療時間は終わっており、警備のひとだけじゃったけど、パシャパシャ写真を撮ってました。
ここの警備のおっちゃんも英語が通じず、かなり怪しまれとったけど、とりあえずKULINK PANCHOにたどり着けてうれしかった!!

朝8時に起きて宿の下へ集合。

同じく島に向かうヨーロピアンバックパッカー3人と相乗り。
ふたりはボスニア人カップル。
もうひとりは30分遅れてきたイギリス人の男の人。
タイから来たばかりで、まだ時計がタイ時間だったそうw

みんな集まりタクシーでクアラ・ブスという港町へ
港には他にもバックパッカーがたくさんいた。
自分以外、全員ヨーロピアンでした。

そして、船に乗り込む。
おいらが乗ったのはスローボートと呼ばれる船。
島まで約1時間。
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まぁ船といえども、そんな大きいもんじゃないし、南シナ海の波も強く上下にゆれるゆれる!!
ちょうどモンスーンが終わったばかりで風が強かったらしい。

席がいっぱいで船の横フチに座っとったけぇ、一歩間違えたら海の中に落ちてしまいそう。
しかも、落ちてしまったらあまり泳げない自分はまず生還不可能。
必死にフチにつかまってましたw

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船が進むにつれ、海の色が変わっていった。
最初は深い緑だった海が、深い青色へ、そして島に近づくにつれ、マリンブルーへ。

こんなキレイな海、生まれて初めてじゃったけぇ感動!

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そして、ビーチに到着。
島で一番大きいロングビーチ。

ビーチそばのロッジを借りることにした。
一晩10RM(300円)。
安い!でも、部屋で電気が使えるのは19時から23時までの間だけだそう。

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とりあえず、荷物を置き、ロングビーチで泳ぐ。
ビーチはとてもキレイで波が強く、楽しい。
しかも、この広いビーチに泳いどる人は数人。
ほぼ貸しきり状態。

し、しかし、やはりひとりで海で泳ぐのはさみしすぎましたw
泳ぐのをやめ、シュノーケリングセットを持って探検に行くことにした。

島の反対まで山道を通れば、15分でいけるってコタバルの宿の兄ちゃんが言っとったのを思い出して、そこを目指すことに決定。

宿の奥を抜けると、すぐに山道。
道というか、獣道w
この道をサンダル海パン姿で歩く。

とにかく人が歩いたことがあるような痕跡がある道を選んで進む。
山に入り20分ぐらい経って、ほんまに着くんか心配になったころ、サーサーという波の音が聞こえてきた。

そこからその音に向かって走っていくと、今度は本当に誰もいない海が広がっとった。
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波も少なく、シュノーケリングに最高。
早速海に入り海を覗き込むと、色鮮やかな魚が泳ぎまわっていた。
ただ夢中になって海に浮かんでました。

2時間ぐらいシュノーケリングをした後は、誰もいない砂浜で本を読んだ。
著書はフランス人詩人の・・・なんてかっこいいものではなく、『国家の品格』という日本の最近出た本じゃったけどw

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15時過ぎになって戻ることにした。
探検中に他の道を発見したけぇそっちで帰ることに。

その帰り道。
木陰でガサガサって音がしたけぇ見たら、そこには大きなトカゲが!!

シッポも入れたら1メートルぐらいあるような大きなトカゲ。
動物園でしか見んようなやつが自然の中ででてきたけぇビックリ!

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部屋に戻ってからは、ビーチを歩いたり、ご飯を食べたり。

あとほんまは2泊3日の予定じゃったけど、明日の昼に帰ることにした。
シュノーケリングは楽しかったけど、ビーチでひとりはやっぱりさみしすぎでしたw

ガタンゴトン・・・。
列車の揺れと音が意外に快適で熟睡できました。

それでも、朝5時ごろには起床。
辺りはまさにジャングル。
熱帯特有の木が生い茂っている。
たまにポツンと民家があったり。

そんな風景を眺めつつ、マレーシアのガイドブックを読む。
どうやら俺が今から行こうとしとるTumpat駅周辺は特に何もないらしい。

そのままタイを目指すっていうのもあるけど、どうせならマレーシアにも滞在したい。
・・ということで、目的地変更!!

目指すはWakaf Bharu駅。
ここの近くにはコタバルという町があり、何があるかはよく知らんけど、比較的大きな町みたい。

そうこうしとるうちに途中駅で乗客が次々降りていく。

昨日知り合ったマレーシアの子ともお別れ。
降りる前においらの席までやってきて、両手のひらを合わせて手にチュッとしてくれました。

Azulも降りる前に、何かあったら私に連絡しなさい、と名刺をくれました。

マレーシア、いい国です!

そして、おいらもWakaf Bharu駅に到着。
降りて2秒もしないうちに、ホームでタクシーの運ちゃんが話しかけてきました。

コタバルまで10RM(リンギット 300円ぐらい)でいいとのこと。
地球の歩き方には15RMぐらいって書いてあったし、ボッタくられているわけではなさそう。

かなりの田舎駅じゃし周りには他にタクシーおらんかったけぇ、お願いすることにしました。

何の問題もなく20分ぐらいでコタバル市内に到着。
シンガポールドルしか持っとらんかったけぇ両替所で換えて払った。

そして、今日からの宿はKBバックパッカーズハウスというゲストハウス。
シングルが一泊20RM(600円)。
部屋もまぁまぁキレイじゃったし、ここに決定。

少し部屋で休憩してからコタバル市内を散歩。
コタバルは、コンビニやスーパーマッケット、ファーストフードもありなかなか便利な町。

散歩しとったら、路上で怪しいお金売りを発見。
見れば世界中のお金や切手を売っとるみたい。

その中にイラクのお金もあった。
その紙幣に印刷されとるのは、いまや拘束中のフセイン。

この紙幣もう絶対手に入らんじゃろうな、と思って、いくらかと聞くと、30RM(900円)だそう。

た、高っ!
ナシゴレンが90円もあれば食べれるのに、ここの物価で考えると高すぎる!

他のお客さんとのやり取りを見ている限り、日本人だから高くしているわけではないっぽい。

結局、25RM(750円)までならさげられるとのこと。
それでも、高すぎて買えない(※東南アジアの物価に慣れてしまった)と言うと、ならこれを1枚やるといって各国のコインを見せてくれました。

インドネシア、アメリカ、インド、フィリピン・・日本・・。

!?

よく見ると日本円を発見!
しかも500円玉!!

これならと思い、これを2枚くれたら買う、というと承諾してくれました。
ということで、250円の利益ですw
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その後は市場へ。
コタバルの市場はほんまにカラフル。
人の服もカラフルじゃし、野菜や果物など売っとるもんまでカラフル!!
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それから宿に戻り、宿の兄ちゃんとおしゃべり。
兄ちゃん曰く、ここに着たらプラフンティアン島に行ったほうがいいよ、とのこと。
コタバルから1時間の港町であるクアラ・ブスから船で1時間半ほどの島らしい。

バリで海にめちゃくちゃ癒されたし、2泊3日で行くことに決定。
3月4日にバンコクから日本に帰る、こと以外何も決めとらんけぇ、この行き当たりばったりな旅が楽しい。

明日の朝8時に宿を出発。
寝坊せんように早めに寝た。
また明日!

マレー鉄道の旅のはじまりです。

マレー鉄道とはシンガポールからマレーシアを通り、そしてタイのバンコクまで続く鉄道のこと。
そして、シンガポールからマレーシアとタイの国境までは2通りの行き方がある。

ひとつはクアランプール・ペナンを通る西側。
もうひとつは東側の山をぶち抜く通称ジャングルトレイン。

一般的には、前者を利用する人のほうが圧倒的に多い。
しかし、物好きな俺は東側のジャングルトレインを選びました。
その理由は・・特になしw
こっち側のはネットにもあまり情報なかったし、面白いかなと思っただけです。

チケットはシンガポールからタイとの国境前のTumpatという駅まで。
シンガポール駅を出発するのが21時で、到着予定時刻が10時前。
約12時間の列車旅だす。

以前、東南アジアの鉄道・・というだけで、すごい悪いイメージがあった。

クーラーは効かない。
時間は遅れて当たり前。
電車の上にまで人が乗っている。

こんなイメージも一瞬で覆された。

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いざ乗車してみると、
クーラーはガンガンに効いている(むしろ効きすぎて寒い)。
列車は予定時刻に発車。
電車の上には誰も乗っとらんw

ちなみに俺が選んだのは2等の寝台。
かなり快適でした。

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車内では、かわいいマレーシアの子どもと仲良くなりました。

二つ前の席に座っとったんじゃけど、顔が合うたびに変な顔をして喜ばしていると、ついには俺の席にまできて一緒に遊んでました。

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そして、もうひとり向かいの席だったマレーシア人のおっちゃんとも知り合いました。
彼の名前はAzul。
シンガポールでタクシードライバーをしているそう。
マレーシアに友達がいるのか?と聞かれ、おらんというと、じゃあ俺が一番目の友達だ!と言ってくれたり、とても気さくでいいおっちゃんでした。

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車内ではこうゆう風に人と話したりして過ごした。

ほんまはジャングルを眺めたかったんじゃけど、何しろジャングル通過が真夜中なもんで何も見えるはずがない。

ということで、早めに起きて朝方の景色を眺めることにして寝た。
おやすみ!

悩んだ結果、今日の夜の鉄道でマレー半島を北上することに決定(※詳細は次のBLOGで)。

まずはチケットを買うためにシンガポール駅へ。
少し古びた建物に便も一日に6本という少ない。そのためか人もほとんどいない。
そして、チケットを購入。35シンガポールドル(2400円ぐらい)。

チケットを買ってひとまず安心。
ようやくシンガポール観光です。

シンガポールといえば、・・・マーライオン!!
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そして、リトルインディア(インド人タウン)へ
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そして、列車の時間が迫り、部屋までバックパックを取りに行き、駅へ。
昼とは違い、列車を待っとる人が大勢いた。

車内用の飲み物を買って、いざ出発。
かなが夜食にと、ハンバーガーをくれました。
どうもありがとう。

香港、インドネシア、シンガポール、とAPUの仲間がおったけど、ここからは先の国は誰も知らない。

ワクワク。ただワクワク。

念願のひとり旅のはじまりはじまり。

3月4日に日本に帰国しました!
今、広島におります。

旅BLOGはまだまだ途中じゃけど、これからちょくちょく書いていきます。

香港に始まり、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、カンボジアと色んな国をまわってきた。

あぁ、旅ってすばらしい。

2,3ヶ月前に15年ぶりの海外旅行でアメリカとメキシコに行き、旅行の楽しさに気づかされた。
それで急遽、卒業旅行はアジア周遊!と決定。

こんな楽しいことに何で早く気づけんかったんじゃろ。
1、2回生は今時間があるうちに絶対行ってみてほしい。
何が楽しいかは、自分で見つけてきてください。

社会人になってからも、絶対行きます!
会社辞めてでも行きたい。

てか、来年の四月に入社させてくれないかな・・・w
現実的なこともあるけど、人生楽しまな損損!!

・・といいつつも、今、現実の壁にぶつかっております。

早く東京の部屋探し。。。
会社の課題。。。

すっかりアジアのゆっくりした空気に順応してしまった体を、早く日本に適応させねば!!


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